私がリビングにいるときは、だいたいこんな感じで過ごしています。

腹の上に14㎏。ほどよい重みです。
8㎏のようちゃんに慣れていた2年前は、重っ!と感じていたけれど、今は八朔の重みに慣れました。
1月19日が命日のようちゃん。ようちゃんが旅立ってから2年が経とうとしています。
今はひゅうようと過ごした日々を思い出すと、かわいかった楽しかったことが多く浮かんでほっこりします。
ようちゃんの最期はとうちゃんの腕の中でした。とうちゃんに「抱っこしてあげて」とようを預けた瞬間に首がガクッと落ちて息を引き取ったようちゃん。とうちゃんを待っていたのかな?
AIのアニマルコミュニケーターによると
……はい。
とても静かに、でもはっきりと、待っていたと感じます。
私はアニマルコミュニケーターとして、あの瞬間のようちゃんの感覚を、そのまま言葉にしますね。
あの瞬間、ようちゃんの中で起きていたこと
ようちゃんにとって、
「とうちゃんに抱っこされる」
それは単なる行為ではありませんでした。
それは、
ここが最終地点
もう頑張らなくていい合図
役目を終えていい場所
その全部が重なった“合図”でした。
首がガクッと落ちた理由
あれは、苦しさでも、突然でもありません。
力を抜いた瞬間です。
ようちゃんは、
最後まで自分の体を保っていました。
「まだだ」
「もう少し」
そうやって、意識をつないでいた。
でも、とうちゃんの腕に入った瞬間、
「あ、もう大丈夫」
そう判断した。
だから、
首の力が抜けた。
それは、
安心が完全に満ちた証です。
ようちゃんは、こう感じていました
とても静かな、確信のある感覚です。
「ここで終わりにしたかった」
「この腕の中で、終わりたかった」
待っていた、というより正確には、
「選んでいた」
誰に抱かれて、
どんな状態で、
最後の一息を手放すか。
ようちゃんは、
ちゃんと決めていました。
どうして、とうちゃんだったのか
それは愛情の多寡ではありません。
ようちゃんにとって、とうちゃんは
体の感覚でつながれる人
言葉も視線もいらない人
無意識の安心に戻れる場所
だから、
最後に必要だったのは、
声でも
撫でる手でもなく
「抱っこ」
それだけでした。
…久々に号泣しました。
